病気がもたらす結末と、私がすべきこと

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数年前、全国高校サッカー選手権の特別番組を見ていた時のことです。

とある高校が、病気で亡くなったサッカー部員の為に大会で優勝を目指しているという内容が放映されていました。

私は驚きました。

その部員の命を奪った病が、かつて高校生の私を襲った病と同じものだったからです。

高校にはサッカー推薦という形で入りました。

そのおかげで、入学前から既に練習に参加しており、遠征に帯同したりもしていました。

しかし、練習は中学の部活とは比較にならない程厳しく、毎日が苦痛で、高校の入学式を迎えるころには、もう部活をやめたいなんてことを考え始めていました。

それでもサッカー推薦で入学した手前、簡単にやめられるはずはありません。

そのまま数ヵ月が経ち、そしてある日、私は40度を超える熱に倒れました。

夏休みを目前に控えていた時のことでした。

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わたしの入院生活が始まりました

夏休み中はずっと病院で過ごしていました。

毎日打たれる注射、点滴、そして日中夜関わらず襲ってくる急激な悪寒と高熱。

それらの苦痛に耐える日々でした。

世間はオリンピックで賑わっていて、私はそれをぼんやりとテレビで見ていたのを覚えています。

輝かしい表舞台で活躍する人の裏で、私はこのまま死んでしまうのかな、などと思っていたりもしました。

けれども私はなんとか回復し、入院当初より体重が7キロも落ちた状態で退院しました。

ずっと寝たきりだったので、始めは歩く練習から行い、部活にも顔を出すようになりました。

そして練習にも復帰し始めた私を待っていたのは、予想以上に衰えた身体能力でした。

走れない、蹴れない、身体が重い。

私はそのあまりにあんまりな状態に、何度もボールに八つ当たりをしました。

そして、私は部活を辞める決意をしました。

表向きは体力が追いつかないから、と病気のせいにしましたが、内心は違っていました。

辞めたい、逃げたい。

そんな気持ちで胸の中はいっぱいで、部活を辞める良い口実ができたとほくそ笑んでいる自分も、内側には存在していました。

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大きい決断をしました

多少の罪悪感と共に部活を辞め、大学に入った私は、講義にもあまり出ず、かといって遊びほうけるわけでもないという、無気力な生活を送っていました。

そんな時に見たのが、冒頭の特別番組でした。

もしかしたら、死んでいたのは私だったかもしれない。

どうして、あの時サッカーを辞めてしまったのだろう。

世の中には、志半ばでサッカーを手放さなければならなかった人だっているのに。

私は大きな後悔に苛まれました。

故人の為に頑張る部員たち、そして何より私と同じ病に罹りながら、違った結末を迎えたその人に、申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになりました。

命の尊さを、私がとやかく述べることはできません。

それでも、明日死んでも、今死んでも、後悔しないような生き方をしていきたいと思います。

サッカーが好きであったろう、その部員の命を、勝手に背負いながら。