いやな人間とは無理に仲良くする必要はない

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私は子どものころ、常に他人の機嫌を伺い、他人に合わせるように努めてきました。

幼少のころは少し騒ぐと親が怒り出すので静かにしていなければいけないと自分に言い聞かせていました。

中学生だった一時期には陰湿ないじめを受け、他人の顔色を伺う傾向に拍車がかかりました。

苦痛でしかない親戚づきあいも我慢して続けてしまいました。

たとえ怒りを感じても、自分の中で解決しようといつもこらえていました。

このように我慢に我慢を重ねた結果、あたかもマグマが一気に噴き出すかのように感情的に爆発し、心身に不調をきたすことになりました。

しかも、皮肉なことに、他人の機嫌を伺ってばかりであったにもかかわらず、振り返ってみると本当に親しいと呼べる人間がほとんどいないのです。

ほとんどが表面的な人間関係だったのです。

これには本当に愕然としました。

体調に不調をきたして以来、私は他人を気にするのをやめようと思いました。

正直に言うとまだ不完全ですが、時間をかけてでもできるように努めています。

そして、少しずつ気分が軽くなる感じが得られています。

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民主主義の大原則である
「個の確立」がいまだになされない集団主義の日本では特に、他人の顔色を伺いながら生きている人はかなりいるのではないでしょうか。

「みんながやっているから」とか
「みんなと仲良くしましょう」などという言葉をよく聞きますが、こういった言葉は猛毒を含んでいます。

そもそもこういった言葉自体、未熟な集団主義の精神そのものです。

人は一人一人違っていて当たり前なので、当然波長の合わない人も出てくる。

そういう人と無理に仲良くする必要はありません。

それでは自分の人生を生きずに他人の人生を生きてしまうことに他なりません。

仕事上そういう人がいるのであれば、事務的に必要最小限度でしか付き合う必要はありません。

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